こんにちは ユウジです。

 

皆さんは、ロボットはお好きですか?

最近はペッパー君などの喋りかけると感情も乗せた返答と反応が返ってくる優秀なロボットを目にすることが増えましたね。

多くのSoftBankショップの店頭に行けば、ペッパー君がいて「いらっしゃいませ!」と人間の店員さんと同様に挨拶してくれます。少々ぎこちなさがありますが、それが愛嬌あって良いと私は感じます。

 

 

今からちょうど一年ほど前

私が大学で宗教に関する講義を受けていた時に、書いた短い文章が部屋を整理していると出てきましたので、公開したいと思います。また、過去の自分の文章を読んで今思うこと等も書いていきます。

 

 

以下が一年前に私が書いた文章です。

 

近年、AI(人工知能)が発展しつつあるが、ある本でアメリカのキリスト教原理主義者の若者にそれを触れてもらうと不快感を示す人が多くいると書かれていた。

一方、日本の大学生はそれをエキサイティングに感じる人がほとんどだったようである。原理主義は極端であるが、そうではない一般的なキリスト教徒も好意的に捉える人はあまり多くなかったそうである。

日本では「八百万の神」という思想があり、さまざまな物には神が宿るとされている。Softbankのペッパーなどのロボットに好意的な日本人は多いが、そのような考えの根源が大きく影響しているのだろう。「お客様は神様」ということばもあるように概念が全く異なる。

キリスト教にとってAIは神へ近づくことへの恐れがあるのかもしれないと思った。現代でも宗教の力がテクノロジーとそれを触れる人々の間に強く影響しているように感じる。

 

皆さんは、如何感じられましたか?

 

キリスト教徒がAIに対して不快感を示すということの理由は、創造主である神に近づくということと同じで慎むべきだという風に思うからなのでしょう。人間はそういったことに踏み込むのではなく自制すべきだということなのでしょう。

 

一方で日本では、「八百万の神」という神道由来の文化・思想が広く浸透しており、誰か人が作ったものであったとしても、そこには神が宿るという風に思い大切に使おうとする人が多くいます。

また、手塚治虫の『鉄腕アトム』をはじめとして半世紀以上前から、科学技術・ロボットに対する興味が日本人の多くに広がったという影響もあるのかもしれません。

 

 

一年前の文章の”ある本”というのは、この本です。

教養としてのテクノロジー - AI、仮想通貨、ブロックチェーン ( 伊藤穰一、NHK出版新書、2018.3.8 )

 

「ちょっと、宗教とAIとの交わりに関して論説が少なく、偏ってなかったかな?」と、私はいま振り返ってみて思います。 いま手元に本がないので確認出来ませんが、日本に住む日本人に対してAIが進展する未来に希望を持ってもらおうということで、宗教間でのAIに対する反応の違いの比較を挙げたようにも感じられます。ちょっと批判的な捉え方になりますが...苦笑

 

 

テクノロジーの進歩は、アメリカ、中国が先頭を走っています。

キリスト教がどうだとかは、あまり関係がなく、また伊藤さんが挙げられた例は大分少数派になるのではないかと思います。消費者やターゲットとなり得る顧客が少ない所に、AIなどのテクノロジーの開発拠点が集まり発展するということは考え難くないでしょうか?

キリスト教が多くを占めるアメリカで、テクノロジーが世界の先陣を切っているのですから、矛盾していますよね。

 

実際のところ、アメリカも中国も日本も何処の国でも、大半の大学生にとってはエキサイティングに感じるのではないでしょうか?

様々な宗教はさまざまな国で世俗化が進んでいます。インターネットが普及した今、異なる宗教どうし交わり、新たな文化や発見が生まれ、人々の視野は間違いなく人類史上最も広がっていっています。

”原理主義は極端であるが、そうではない一般的なキリスト教徒も好意的に捉える人はあまり多くなかったそうである。” これって本当?って感じます。たぶん違うでしょう?

当時の私が本を誤読していたのかもしれませんが、なんかスッキリしません。

 

 

こういう風に自分の過去の文章を読んでみて、なにか違和感を抱くということは割と価値のあることだと思います。過去を振り返り、そこから新たな好奇心に繋げていくことでも成長していけると思います。今後もこういった掘り起こしから記事を度々書いていきます。

 

最後までお読みくださり、ありがとうございました。このブログをこれからも読みたいと思われた方は、ブックマークやお気に入り、RSSなどに登録をお願いします。

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